新しい、私でありたい。

シンプルに生きる

共、生。

私は、小さな世界で

生きたくはない。



世界に羽ばたきたいとか

そんなスケールの大きい話ではなくて

いろんな人たちと

いろんなことを

共有し

ともに生きていきたい。



同じ境遇の人たちとしか

仲良くしない

共生しないのではなく

普通に、

ただ、普通に

共存していたい。



人はなにか辛いことがあると

同じ境遇にあった人たちと

痛みを分かち合い

群れをなす。



それも大事。



でも、私は同じ境遇ではなくても

普通に

いろんな人たちの中で

生きていきたい。



例え同じ境遇の人たちでも、

おのおのは、

その人にはなれないわけで

100%理解が出来るわけではないからだ。



病気になったからって

病気になった人の気持ちに

寄り添うことはできても

100%分かり合えるわけではない。

他の人よりはわかると言う人もいるけど。



それって、

誰にでも言えることだから

同じ境遇の人たちと痛みを分け合う

そんな世界だけではなくていい。



わからなくてもいいじゃない。



傷ついてもいい。



わかってもらえなくてもいい。



いろんな人生があるんだと

思えるだけでいい。


勉強させてもらえるだけでいい。


それだけでいい。



わかってもらえないもどかしさて
あるかもしれないけど、
固執するのは
もういいや。


今の私には
普通にみんなと
生きていきたい。


ただ、それだけでいい。


そして、みんなに感謝したい。

咲いて、いよう。

最近、また思いついたこと。

花を咲かせていよう。

と、言うこと。



病気になり、

女性としていろんなものを失い

同世代の女性たちが

出産に、育児にと勤しむ中、

逆走しているのではないかと思う自分と、

それにプラスして

薬の副作用で一気に歳を取った

体の悲鳴。

体の老い

老いだけは、

ほんとにほんとに悔しくてたまらないが。



そんな自分を振り返り、

何やってんだか。

と、思うことも

あったり、なかったり。



その何とも言えない憤りの

エネルギーを、

他に生かそうと仕事に

趣味に、

家事に、

好きなように過ごす。

幸せだ。



そんな中、

今の醜い私にとっての

『女性らしさとは?』

を、考えてみた。

たしかに、今の私にはない。

前なら、

とりあえず、

髪の毛は長いし、

まつげもフサフサだし、

女子の体もちゃんとあって、

生理もあったから

妊娠することもできた。はず?

中身は…。

さあ?女子だったっけ…。



だからか、

病気になる前は

最低限、

少なくとも

旦那さんには

女性として見てもらいたいと、

いろんなことに

気をつけて過ごしてきた。



でも、今は、

女性としていろんなものがなくなり、

心だけはとは思うものの、

今更芽生えるわけでもなく、

ないものはないのだから、

そんなのもう卒業しよう。

と、思うようになった。



キレイになりたいとか、

女性らしいとか

そんことではなくて

人間として

咲いていよう。

そう思った。



元々心も女子ではないし、

可愛くはなかったけど、

誰かに気づいてもらいたいとか、

旦那さんに愛されたいからとか、

そんなことではなくて、

ただ、

今の私には、何か存在する意味が、

役割が、あり、

その役目を果たすために

私色で

一人、

咲き、

全うしよう。

そう思った。



雨にも風にも

左右されず、

ただ、咲いていよう

咲いていれさえすれば

それでいい。

例え、波乱が訪れても

動じない不動で聡明な花でいよう

そう思った。

眠りに、包まれ、て。

f:id:nyanix:20170828105120j:plain義母さんの手作り香り袋。

いただきました。

中には、お庭で採れたハーブたちが入っている。

可愛いすぎ。

 

最近、お裁縫にはまっているらしく

もらって嬉しかった。

 

薬の副作用で夜の眠りが浅くて

寝たり起きたり小刻みで毎日朝は起きるのがだるい日々。

これが何年も続くと思えばおっくうだ。

 

そんなとき、この香りに包まれて

昨日は癒しのなか、眠りにつけた。

 

お義母さん、ありがとう。

 

 

 

選択、権。

生きる道を選ぶ。

ただ、生きるの、

道を。
 
欲張らずに、

生きることを選ぶこと。

自分一人だけの人生ならば、

好きに選べば良い。

でも、

家族がいるなら

生きることを。

欲張ら、なければ。

ピンチになって

何かを選択しなければならないとき、

欲張らないこと。

あれもこれもと欲張らない。

一つだけにする勇気。

ピンチなときほど、

欲深くなって、

あれもこれもと頭はグルグルするけど。

どうか、一つに絞れる力を。

その力は、

たくさんいろんなことを

考え、生き抜いていたら

きっと湧いてくるもの。

日々、懸命に生きるだけで良い。

ひたすら、宿題をこなすことで

いろんなパワーを蓄積し、

そのエネルギーで

良い選択を。

活かすも、コロスも。

人がピンチになったとき
神様は必ずチャンスをくださる。

そのチャンスを逃すか
逃さないかは
その人の力量にかかっている。

ピンチになるまでに
歩んできた道がどんな道だったのかとか、
これまで培ってきた自分の人間力
試されるときでもあって
その道や人間力がしっかりしたもので
あればあるほど、
そのチャンスに乗っかることができる。

ピンチになるまでの過程が
大事だと考えるからそう思う。

神様からの宿題を
日々きちんとこなしている人にだけ
そのチャンスを活かすことができる。

その機会に気づく気づかないかでいえば、
気づかないことが多いが
あとあと、あの選択は間違いではなかったと
確信できたとき
チャンスを活かせたんだと気づく。

もちろん、
完璧なものではないが
後悔なく全うできたものは
そうだと思う。

また、後悔するしないでいえば、
何を選択しても
後悔しない生き方をすると更に良い。

後悔しないように気持ちを
持っていくということ。

Aを選んでも
Bを選んでも
結果、
自分の都合の良いように歩くこと。

最近の私はそうすることにした。

コップに水が
半分しか入っていないと
思うか
半分も入ってると
思うかは
その人の価値観、
これまでに培った価値観次第だから。

豆乳を、とうにゅう。

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イチゴと豆乳のスムージー。

 

パンは以前作った梅シロップ

の梅を砂糖と煮て梅ジャムをつけて。

 

なんて幸せなランチなんだ。

 

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にんじんと玉ねぎの豆乳ポタージュ。

たまらんうまさだ。

 

お手製スープカップで更に

嬉しいスープに。

 

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カボチャの煮物と豆乳で作った

ポタージュ。

パセリのせ。

 

茶色で作ったスープカップが

カボチャの黄色を引き立ててくれて。